私が自然農法を始めたきっかけ

2018年10月30日

自然農法を始めて15年経ちました

私は自然農法で米・野菜を育てるようになって15年になります。
最初のきっかけは、自然農法家、福岡正信氏の『藁1本の革命』を読んだ事に始まります。
当時福岡氏はご存命で、愛媛県の自宅兼圃場を尋ねました。

自然農法の創始者福岡氏との衝撃の出会い

圃場ともジャングルとも言い難い、草が苔むし、うっそうとした圃場で、福岡氏は農作業をされていました。
その時福岡氏から教えて頂いたことは、『神がこの世の始め、お創りになったエデンの園は人類が裸で何不自由なく暮らしていける、全てが用意された場所であった。ところが人類は欲望に囚われ堕落していく中、神がお与えくだされた果実や野菜・動物以上のものを貪ろうとした。それが農業です。』

この言葉に衝撃が走りました。それまでの私は実家が慣行栽培で米を作っていましたので、農薬で害虫を駆除し除草剤で草を枯らし、化学肥料をふんだんに投入することが農業と思っていました。

福岡氏の自然農法は農薬も化学肥料も使わず、除草剤どころか草も生やし放題。人間がかかわるは種まきと刈り取りのみ。あとは土の力、大気の力、水の力自然そのものの力だけで育てるという農法でした。

自然農法は試行錯誤の連続です

しかし愛媛の圃場から帰った後、試行錯誤をしながら自然農に挑戦しましたが、最初の3年くらいは、虫、病気、鳥獣の被害に増して人間の苦情に困り果てる始末。何度『農薬使おう』『草枯らし撒こう』『自然農法なんて夢だ』と諦めかけました。

ところが4年目の秋に実った米(朝日)は化学肥料による雑味、農薬によるえぐ味が全く無く、噛めば噛むほどに甘味の出てくる自然農法の味に感動をしたのを今でもはっきり覚えています。

人間は大自然の一部という思想

人間が勝手に作った時間(一日24時間)と、この大自然が循環するために必要な時間は大きく違います。人間は短時間で大きな成果や結果を出そうとし、自然に逆らってまで効率化を図ってきました。
しかし自然は人間のためにあるのではなく、人間もまた自然の一部という事を忘れてはならないのです。

自然の雄大な時間の中で人間がそれらに寄り添えば、農薬も肥料も農機具もいりません。自然農法をはじめて15年、最近やっと無農薬・無肥料・不耕起の方が、効率よく豊富な農作物が出来ることに確信が持てるようになりました。

大きな自然循環に寄り添う知恵こそ大切ではないでしょうか?

そして結局人間が時間とお金と優秀な頭脳を屈指して作り出した、農薬・化学肥料・農機具も大きな自然循環の中では、無用の長物であり、それどころか病気・自然破壊・地球温暖化などの負の副産物を生み出す恐ろしいものであることも解明されつつあります。

未来の子供達にどのような地球環境を残してあげられるのか?これが今を生きる全ての人間に課されたテーマではないでしょうか?